叶ったらどんな気分
自分が台所を自由に使いたいと思っていたとき、使えるようになったらこんなことをしたいと思い描いてメモをしていました。
その叶った気分で呼吸をしてみることもありました。
想像できることは現在の延長でしかなかった
叶ったとき、もう何でもしていいのに、していいんだと気がつくまで時間がかかったものもありました。
常に、できない前提で視界にも入らないものがあったのです。
少しずつ思い描いたことを実行していくと、その先の世界が広がっていきました。
今では、その頃思いもしなかったことを次々と楽しんでいます。
同じことが「お金」にも言えるのではないかと考えました。
「お金持ちになりたいなら、そのお金で何をしたいか?その気分を思い描くといい」とよく言われます。
それも正しいのかもしれないけど、それで想像できるのは現在の延長です。持ってみないと分からない世界もあるのでは?
その先の世界
私は金運金運と熱心にやっていましたが、その頃は、「金運を上げて何がしたいの?」と考えたときの答えが「おいしいものを食べたい」でした。
毎月の支払いをどうするかで頭がいっぱいだったから、「好きなもの買ってきていいよ」と言われても、見慣れた安い棚からしか選ぼうとしませんでした。
少ないもので満たされて、もっと広い世界があることを知りませんでした。
無理して欲しくないふりをするのではなく、視界に入ってこなくて最初から見えない。見えないから欲しがれないのです。
波動が違うもの同士は出会えないのと同じかもしれません。
「得られることを信じきれていないから」なのでしょうか?
私はよく果物や野菜を5kg10kgという単位で買います。
届いたら、何を作ろう?と思い描いてワクワクします。
もう、注文したら届くことは確定しているから、「ある」前提で考えているはずです。
だけど、実際に手にしたあと、届く前は全く思いもしなかった使い方がひらめきます。
どんなに確実でも、実際に目の前にあるのとないのでは、野菜や果物でさえもそうなのです。
それは、実際に目の前にある野菜や果物が「こうしてほしい」「こうしたらおいしいよ」と伝えてくれる生きたエネルギーがあるからでは?
だからきっと、お金も、想像できる範囲を超えた何かがありそう。
「どうしてお金持ちになりたいの?」の答えは「その先の世界が見たいから」でもいいのでは?
想像できるギリギリ先
自分も周りもお金自身も喜ぶ使い方。
思い切り先までは想像できなくても、1割2割増くらいから想像してみました。
個人でお仕事をしている人たちの応援をしつつ、自分も喜べることにお金を使うのが楽しそう。
そんなことを思いながら身支度をしていました。
今日は家にいる日だから、コンタクトレンズどうしようかな。眼鏡で済ませば保存液使わなくて済む。
いや!使えば、また買うときにお金が動くんだ!
個人事業主に限らず、お金を使うことは関わる人の応援になる!わぁ、すごい。
今までも、それは知識としては知っていて、感謝の気持は確かにあったのですが、その数倍の感動が起こりました。
水滴が壁紙にかかってしまって、「そうだよ!」とにっこり笑ってるみたいになりました。
幸せな気持ちでお部屋に戻って、あ、そうだ、写真撮ろう!と思いついて行ってみたら、ちょっと表情変わっちゃったかな?
「え、撮るの?」みたいな表情。でも、やさしい。

お金の循環の美しさ
そう思うと、「お金がかかるなぁ」という場面は「これで誰かが喜ぶ」に変換できます。(自分もその費用の恩恵を受けているはず)
生きているだけでお金がかかる。ということは生きているだけで誰かの心を潤わせているということ。
それと、これまでは安いものしか買えない自分を恥ずかしく思っていたこともありました。
高いものを買えるようになりたいと思っていました。それが自分を大切にすることだと。
だけど、安くても高くても、そのときの自分が自分の美意識で選んだもの。
自分の命の時間を使って得たお金で買ったもの。そしてそのお金も、誰かからの愛情や信頼が形になったもの。美しい循環。
それを味わって大切にすることもまた、自分を大切にすること。
お金持ちは、この美しい循環が巨大になるということ!

