不調が当たり前すぎた頃

この記事はアメブロで2014年4月に書いたものです。

(4月26日)

「ひとつだけ願いが叶うとしたら?」という質問にあれこれ悩んで「願い事100個叶えて」という依頼を思い付いたことはないですか♪

ヒーリングができるようになったときの私とそれを知った周囲は、そんな感覚を本当に味わうことになりました。

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光に包まれる感覚で自然に自己ヒーリングしてから1ヶ月後、やっと予約が取れて遠隔ヒーリングのやり方を習いに行くことができました。

そのとき、練習として「何か不調ない?」と言われたのですが、思いつかなくて、無理やり出したのが「肩こり」でした。

無理やり出したくらいなので、楽になったかどうかの実感はそのときはなかったけど、練習なのに引いたカードの示すものがそれぞれ当たっていることに驚きました。

家に帰ってから、不調を探すけど見つからず。

お風呂あがりに足の痛みに気がつきました。
乾燥して痒くて、かきむしって血だらけ。
タオルで拭くのが痛くてたまらない毎日でした。

でも、こんなものだと思って、その痛みに慣れていたのですね。
薬も塗らずに。
我慢するのが当たり前。

本当なら「不調は?」と聞かれて真っ先に悩みとして言ってもよかったくらいひどい傷だったのに、存在を忘れていました。

そうだ!ヒーリングだ!と気が付いて実行して、しばらくしたら痒みが起こらなくなっていました。
痒みがなければ、かかないから傷も増えません。
2日後には、だんだん新しい皮膚が再生していくのが分かりました。

こんなに痛かったのに我慢するのが当たり前と思っていたのは、心の痛みに慣れていたのと似ています。
自分の心や体を無視し続けていたのですね。

ヒーリングができるようになったことで、自分の気持ちに敏感になりました。
頼めばいいので。

家族や友達に「ヒーリングができるようになったんだけど、困ってることとか願い事ない?」と聞いたときの反応も、すぐには願い事が浮かばない人が多かったです。

「特にない」と言っていたのに、翌日になって「そういえば、あちこち痛い」とか。

不調を言い尽くして「美肌もお願い♪」とうれしい願い事に変わっていく瞬間も好きでした。

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ここを読んでくださっているみなさんも、依頼をする、しないに関わらず、頼むとしたら何を頼むだろう?と考えてみてください。たくさん考えてください♪

そうすることで、心が喜びます。

そのきっかけになれたらうれしいです。